今日は今井通子さん、降籏義道さん、大倉喜福さんと世界を又にかけてご活躍されている皆さんがおいでですが、そんな中なぜ私がと言うことですが、私の場合少し切り口が違いまして、県警で山岳救助に従事していたとの立場からお話をさせていただきたいと思います。こちらにも遭対協の救助隊の方がおられますが、救助隊は遭難事故が発生するから必要なのですが、その中で私は警察の救助隊で活動してきました。その救助隊ですが、長野県警3800人の警察職員の内、山岳救助隊員は隊長以下35人だけで全体の1%程しかいません。この35人で県内の全ての遭難に対応するのは困難で、十分な活動ができませんので、民間の遭対協救助隊の皆さんの力を借りています。県内では現在はヘリコプターによる救助が多くなっていて、年間300件近い遭難のうち8割近くの救助活動にヘリを使っている状況にあります。残念なことにヘリの救助に頼っていると、個々の救助隊員の出動する機会が減ってしまい、県警も遭対協も隊員の救助技術のレベル低下が心配されるところです。民間の隊員の中には「遭難が発生したら又ヘリでやればいいじゃないか」と言うような言葉も聞かれますが、そうは言っても、今日のような悪天候であったり、夜間の事案にヘリでの救助活動はできませんので、地元の遭対協の皆さんの人力に頼らなければならないことになります。
救助隊の仕事は、山に登って終わりでは無くて、そこから現場に行ってさらに遭難者を救助して戻ってこなければならないわけです。だから、余り遭難が多いと救助隊員を危険にさらす機会が多くなるわけですが、救助隊員は危険を承知で人命救助に当たってくれているんです。ちなみに、遭対協の救助隊員は県下13区に約1000人の登録がありますが、このうち実際に救助活動に従事できる隊員は100人程ではないかと思います。今年も白馬大雪渓で雪崩事故がありましたが、その際も県警だけでは対応ができないので遭対協の皆さんにも出動していただいています。そうした中で遭対協の隊員が出動する場合は、自分の仕事を休んで出てもらうことになりますので、当事者はその隊員に日当を支払わなければなりません。私が駆け出しの頃、県警救助隊は機動隊に10人と警察署に数人しかいませんでしたので、多くの救助や遺体収容は遭対協の皆さんと一緒に出動していました。11月初旬の奥穂岳の遭難では、県警が私1人、遭対協隊員が10人出動し、稜線から滑落して死亡した遭難者の収容に当たったことがありました。稜線の登山道から120m程下の急斜面からの遺体収容でしたが、遭対協隊員と私の二人が11ミリ40mのザイルをつないで降りていき遺体を引き上げ、最終的には吊尾根の最低鞍部まで収容したのですが、この遭難は厳寒の中、早朝から真夜中までの行動でした。その際の日当が1人10万5000円でした。そうすると10人で1日105万円になりますが、この時は3日かかりました。この他にザイルなどの消耗品や宿泊費などの負担もあります。要は遭難事故にはお金がかかりますよと言いたいのですが、皆さんには是非山岳保険には入っておいていただきのです。ところが反対のことを言うようですが、最近では先程お話ししたようにヘリ救助が主体となっていますが、県警や防災ヘリは無料です、民間ヘリは有料ですが近年出動はほとんど無く、昔のようにヘリの救助にはお金はかからなくなりました。そうすると保険屋さんが儲かる感じでもありますが、そうはいっても先程の例のようにヘリ救助ができない場合は、民間救助隊の皆さんの力が必要になります。だからお金持ちは別として、やはり保険は必要だと思います。保険と言ってもいろいろな種類があるので、その補償内容について、自分には死亡保険金が必要とか、入院、通院費用を多くとか、救難費用が必要だとか、また、山で落石などで人に怪我をさせてしまうこともありますので損害賠償費用の補償などを含めて、良く検討して加入した方がいいと思います。
さて今日は久しぶりに八方尾根に来ました。ここにはケルンが6個ありますが、私には思い出がありまして、1980年、昭和55年12月、神奈川県の逗子開成高校の先生と生徒さん5人が行方不明となった遭難事故が発生し、当時本部にいた私と隊員1名が捜索に入りました。その年は凄い豪雪でしたが、私たちは当時、自衛隊のヘリに搭乗して八方尾根の捜索に入りました。北側からの横殴りの吹雪でしたが、第2ケルンの所でテントを発見し中を確認をしましたが誰もいませんでした。その後遭難者は、5月連休になって北側の沢筋で発見になりました。この遭難は、その後家族と学校とで訴訟問題に発展しましたが、当時を思い出す感じで第二ケルンと開成高校のプレートがはめ込まれたケルンを見てきました。冬の八方尾根は冬場は雪が多く真っ白で幅広いのでルートを見誤ることが多く、荒天の場合には十分な注意が必要です。
さて、救助に使うヘリですが、私は2度県警航空隊に勤務しました。県警には、これまで4機のヘリが入りましたが、それぞれのヘリに思い出があります。1機目の「やまびこ」(ベル222)と2機目の県政機「しんしゅう」(ベル206L-3)は実際に搭乗して救助を行いました。3機目の「やまびこ1号」は、1機目の後継機としてより一層パワーのあるヘリをと言うことで機種選定したヘリで、4機目の{やまびこ2号」は退職直前に宇都宮まで機体受領(受領日は、奇しくも1号機の型式番号222と同じ2月22日でしたが、受領日の選定は私の有終の美を飾ってくれたのかも知れません。)に出向いた思い出深い機体です。ところで皆さんは、ヘリというのは、どんなヘリでも救助ができると思うでしょうが、やはり力(パワー:高高度性能が良い)がないと救助用務はできません。力の無いヘリは、座席を外したり燃料搭載量を減らすなどして機体重量を軽くして飛行するのですが、最も大変なのはホバリングです。ただ飛んでいるだけならどんなヘリでもできますが、救助するには空中停止しなければならないからです。現在の県警が保有している2機は、いずれも槍の頂上で2~3人は吊りつり上げるパワーがありますし、遭難者を吊り上げるホイスト(ウインチ)の能力についても、初代やまびこは20m程しか伸ばせず、しかも1人ずつしか吊り上げたり下ろしたりできませんでしたが、現在では80mも延び2人同時に吊り上げられるなど、機体性能と言いますか救助能力が格段に向上し、より高度な効率的な救助ができるようになりました。もう一つ重要なことは、操縦士の腕前ですが、私は日本一遭難事故が多く、険しい山岳でのレスキューに当たっている当県警の操縦士、そして酷使している機体の整備を行っている整備士は、日本一だと思っています。さて、残念なことに先般、長野の防災ヘリが墜落しました。亡くなられた皆さんのご冥福をお祈りしたいと思いますが、この事故、航空事故調査委員会では機体に異常は見られなかったとの見解を示しましたが、そもそもヘリというのは、そのときの気温や標高、機体重量などによって性能に影響が出ます。ご承知のとおり、ヘリや飛行機は風上に向かって離着陸するのが普通ですが、風や気流は目に見えませんので、操縦はかなり大変です。しかも高高度で気流が不安定な山岳地帯となるとなおさらで、気流が安定していればまだしも、往々にして遭難事故が発生するような時には、気流などは荒れていることが多いのです。特に尾根や稜線の前後では上昇気流、下降気流、乱気流などに影響されます。また背風で飛行するとなかなか高度を上げられません。上高地の梓川で背風を受けて飛行したヘリに乗っていた時、速度も高度もなかなか上がらずに木の枝すれすれに飛行した時には肝を冷やしましたが、防災ヘリは9人搭乗して燃料も多量に積載していたとなると機体が重すぎたのではないかと思っています。優秀な防災航空隊員が亡くなってとても残念に思います。今後はしばらくの間、県警ヘリのみで救助活動をすることになりますが、長野県警だけで対応ができない場合には、隣接の岐阜や山梨、富山県警などに出動をお願いすることになります。また、長野県警も他県の応援に出向くこともあります。ただ、県警のヘリはお金がかからないといっても、山岳という危険な状況の中で救助活動していますので、遭難事故は起きてほしくありません。
山の話ばかりだと退屈でしょうから、私の現役時代の手柄話をします。私は佐久警察署長として2年間勤務していましたが、この間に殺人1件と強盗3件の凶悪事件を解決に導いたことがありました。殺人事件は、長野県南牧村におけるニューハーフ殺人事件で、強盗事件は御代田町と佐久市のコンビニ強盗事件(これは同一犯)、強盗のもう一件はニューハーフ殺人事件の発生直前に同じ南牧村のコンビニで発生したものですが、いずれの事件も署長、刑事課長のコンビで事件検挙の端緒を切って解決したものです。(内容省略)
さて、私は現在、長野県山岳遭難防止対策協会から遭難防止アドバイザーを委嘱されています。遭難事故が多発傾向にある現在、楽しいはずの登山が悲しいものとならないよう、皆さんの中から遭難者を出さないよう気をつけて登山していただくよう希望します。これからも楽しく安全に長野県の山をお楽しみください。
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